大自然を撮る写真家と聖なるシャスタの水辺で再生した女神のコラボレーション
中尾好孝のシャスタ物語 6 〜大自然からの贈り物
2008-04-17 Thu 00:00
閃きだけを頼りに旅したカナディアンロッキーで大自然と恋に落ち、衝動的に移住したカナダ。そして、それこそが、現在の私を形作る、写真家としてのスタート地点となりました。

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シャスタの写真家としてプロ活動してる私ですが、専門知識を写真学校で学んだこともなければ有名なプロのカメラマンの弟子になったこともありません。では、そんな私の「師は誰か?」と聞かれれば、それはまさに大自然だったと躊躇なく断言できます。カナダに住み始めたばかりの頃は、まさか自分が20年近くもカナディアンロッキーにいついてしまうとは思ってもいませんでしたし、いつ日本に戻っても悔いのないように、心が震えるような自然の美しさをカナダ生活の記念に残したいという意図だけで、自分のために夢中になって写真を撮り始めました。しかし、私が撮影したそれらの写真は意外にも好評で、気付けば某大手旅行会社のガイドブックに写真を提供したり、果ては東京にあるカナダ大使館主催の合同写真展への参加にまで発展。テーマがシャスタに移った今では、ガイドブック兼写真集を出し、エージェントまでが付き、某有名企業とお仕事をさせていただいたり、プロとして個展まで開催してしまうのですから自分でも驚いてしまいます。
また、撮影中の私が何を考えているのか、撮影の背景にあるテーマやアイデアは何なのかともよく聞かれるのですが、残念ながら皆さんが期待されるようなドラマチックな答えは何一つありません。一人でも多くの方々に「大自然の素晴らしさ」をお伝えしたいという思い以外、写真を撮っている最中の私は、全く何も考えていない空っぽで「無」の状態。カナダでもシャスタでも、師である大自然が出してくれる声なきGOサインにただ従いながら、無我夢中でシャッターを押しているだけなのです。無心で何かに打ち込んでいる状態の人間は、目に見えない何ものかと繋がり、それらにサポートされているとよく読んだり耳にしますが、撮影中の私も例外にもれず、自分以外の何かに動かされているとしか考えられません。ましてや私の場合は、全くコントロール不可能な大自然が被写体であるわけですから、これまでカナダやシャスタの大自然が私にもたらしてくれた幸運の数々に心から感謝したい気持ちで一杯です。

「必要な時に、必要なことが、必要な分だけ与えられる」
最近、そんなメッセージを繰り返し繰り返し、いろいろな角度から聞いたり見たりすることがあるのですが、自分が通ってきた道のりを振り返ってみてまさしく真なりだと確信できます。何事も心配ご無用。目の前に来る一つ一つをただ無心に手抜きなしでこなしていきさえすれば、自分自身に必要なことは、時間がかかっても自ずと起こってくることに気づくと、どうすることもできない未来への心配も過去の出来事も、実にちっぽけに感じられるから面白いですね。カナディアンロッキーやシャスタの大自然は、写真以外にもそんな大切な人生哲学を私に教え続けてくれているような気がします。

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