|
2007-12-25 Tue 00:00
カメラマンの立会いの下、シャスタの川辺で行った完了の儀式直後から、滞っていた離婚の手続きが信じられないようなスピードで前進し、2ヵ月後の2005年12月末、私は晴れて法的にも自由な独身の身となりました。仕事の面では、新月の夜にした宇宙への宣言通り、2006年1月上旬の公式Webサイト開設を機に、私は正式にシャスタを撮影するカメラマンの活動の一切をマネジメントするようになり現在に至っています。以来、まだまだ爆発的ではありませんが、ご縁やシンクロニシティーに導かれ、未熟で無名の2人にしてはいろいろなお仕事をさせていただく機会に恵まれています。私はシャスタを介して魂が欲する仕事とそのパートナーという夢のようなソウルメイトを得ることができ、2003年から2005年の間に私が実際に手にしたシャスタ山からの贈り物の物語もこれで無事に幕を閉じて「めでたし、めでたし」・・・と言いたいところなのですが、そう簡単にいかないのがシャスタの魔法の凄いところなのです。
![]() ※ここに掲載されているすべての写真の著作権は、写真家中尾好孝に帰属します。無断転用、転載はご遠慮ください。 |
|
2007-12-22 Sat 00:00
カメラマンと過ごした2泊3日のシャスタで、一番私の印象に残り感動したのは、彼が写真を撮る姿でした。10月末のシャスタは、もう既に冷たい風が吹く晩秋。彼が写真撮影している間、私は暖かい車に1人残り、ただぼんやりと景色を見るでもなく待っていたのですが、ふと気付くと彼の姿が見当たりません。あれっと思い、辺りを良く見回してみると、彼が完全に風景の一部となって溶け込み、実にさりげなくシャッターを切っているのが見えます。その姿を車のフロントガラス越しに見ながら、自然の懐に抱かれて写真を撮ることは彼の天性であり、大げさかもしれませんが、彼はその為にこの世に生を受けたのではないのかとさえ思えてきます。お節介ながら、彼にはどうにかして、ぜひ好きな写真で食べていって欲しいなぁとも願いました。
|
|
2007-12-19 Wed 00:00
宿屋での仕事と仕事の合間を縫うようにして、シャスタからサンフランシスコに戻った8月末のある日、私は離婚の手続きが遅々として進まない状態にはたと気付きました。夫の元を飛び出したのが、その前年、2004年の10月31日ですから、もうそろそろ一年になります。私が結婚したカリフォルニア州では、別居から離婚までに半年待たなくてはいけないという法律がありましたが、それにしても時間がかかり過ぎています。私は長らくコンタクトを取っていなかった夫にメールで進行状況を聞いてみました。彼からの返事には、仕事が忙しい上に書類の量が多すぎてなかなか上手く前に進まないことが書かれていました。私には未練も戻る気持ちももうさらさらありませんでしたし、夫もきっと同じ心境だったと思いますから、一日も早く法的にはっきりとさせて欲しい、書類を作る弁護士が必要ならばお金も出すという内容をメールで伝え、そのまま再び彼にすべてを任せて待つことにしました。とその時、彼から返された大きなホワイトゴールドの結婚指輪のことが頭に浮かびました。これは、きっと私がまだ未練がましく指輪を持っているからスムーズに進むべき案件が止まってしまっているのかもしれない。何らかの形で、結婚生活完了の儀式を早急にする必要があるのではないかと思いつきました。
|
|
2007-12-16 Sun 00:00
2005年8月下旬、シャスタは一足早い秋を迎えました。日中はまだまだ暖かくても、朝晩の冷え込みは厳しくなり、吹く風も夏のそれとは違います。シャスタ・シティーを歩く大勢の観光客も少しづつ姿を消し始めましたが、私が働いていた宿屋はまだツアーのお客様や一般の宿泊客でごった返しています。シャスタで迎える2度目の夏、私は、昼間はハウスキーパー、夜間はオフィスマネージャーとして過ごしました。オフィスワークは何度かやっていて慣れていましたが、ハウスキーピングの仕事は、それまで肉体労働からは縁遠かった私にとってかなりきついものがありました。毎朝朝食が終わったら、急いで作業着に着替えて早足で客室に向かいます。シーツを次々にはがし、ランドリールームに運び、バスルームのお掃除の後、新しいシーツでベッドを再び綺麗に整えていきます。次に同時進行している洗濯が済んだら、枕カバーにアイロンかけして、タオルやリネンをルール通りに丁寧にたたんでクローゼットに戻して業務終了。簡単そうに聞こえてもこれがかなりの重労働で、キスするように便器に抱きついて磨き込み、トイレの床を這いつくばるようにして拭きながら、「アメリカの大学院まで出て、何やってんだろうか?!」と一人苦笑いしたのを憶えています。お客様の多い時期には、私の肉体はぼろぼろのくたくた。いつも早朝には、ふくらはぎが硬く固まってつる痛みと共に目覚めるという不快な状態でした。
|
|
2007-12-10 Mon 06:36
日本、シャスタと続く旅で知らず知らずの内に無理を重ねて疲れが溜まっていたのか、私はしばらくの間、ぼんやりと半分眠ったような毎日を送っていました。その頃の私は、一日に一つのことしかできない状態で、少しでも張り切ってたくさんのことをスケジュールに詰め込むと、微熱が出たりして体が動かなくなってしまいます。以前の精力的な自分とは正反対の体力のなさが情けなく感じられましたが、それがどういう意味を持っていたのか、今振り返ってみると良く理解できます。根は怠け者のくせに止まってしまうことに恐怖を感じてしまう傾向のある私のこと、体が元気で自由に動いていたら、きっと何もしていないことを焦りに感じ、別段やりたくもないことにでも飛びついて空回りしていたでしょう。私が時折感じていた風邪にも似た症状は、たくさんのものを手放したことによってできた私の中の空きスペースを、先ずは掃き清め、そこに真新しいエネルギーを溜め込み、宇宙が用意してくれている次の大いなる展開に備える必要があったからこその必然的なプロセスだったのです。すべてをお見通しの宇宙は、私が無鉄砲な行動に走らないよう、「まだ待て!」と体調不良というサインを送り、ストップをかけてくれていたのだと思います。
|
|
2007-12-04 Tue 04:49
|
|
| シャスタ山からの贈り物 |
|












